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2010.08.18

『ライフ・アクアティック』

監督:ウェス・アンダーソン
出演:ビル・マーレイ、オーウェン・ウィルソン、ケイト・ブランシェット、アンジェリカ・ヒューストン、ウィレム・デフォー
2004年、アメリカ
ジャンル:ドラマ
評価:★★★★★★


 昔の日本にだって、こんな世界があった。
 川口浩が巨大ワニや巨大ヘビや人喰い人種と丁々発止を繰り広げていた(これ参照)。
 科学と未来に対する希望と憧れがあった。小松崎茂 (これ参照)、石原豪人のイラスト(これ参照、ホントはマイケル・ジャクソン秘密工場みたいのもあるはずなんだけどネット上にない。こんなのもあり。・・・ヤバイ、豪人を検索し始めると止まらない;笑)。
 そして、大伴昌司の図解!(これ参照) (※1)

 しかし、探検隊も、希望に満ちた未来も、図解も、ほぼ絶滅してしまった。
 これを悲しんだウェス・アンダースン監督と共同脚本ノア・ボーンバッハがこの映画で復活させた。
 といっても、復活させたのはスティーヴ・ズィスーという絶滅寸前の人物。
 彼は長年海洋冒険ドキュメンタリを撮ってきたが、時代の流れから大きく外れている。大衆はそっぽを向いてるし、映画の出資者もいない。実は科学に疎いから助成金ももらえないし、探検家クラブじゃ陰口を叩かれる。長年行動をともにした親友をジャガーザメに喰われ、妻とも離婚寸前。このままじゃ次の冒険に出られない。かといって、引退しても家族がないから孤独になるだけ。彼にとってはチーム・ズィスーが家族だ。
 そんなところに一人の青年が現れた。名はネッド、ズィスーの息子かもしれないという。


 ズィスーはよろこんだ。といっても、息子に会えたからじゃない。自分を崇拝している人間に会えたからだ。
 だから、チームに誘った。
 しかし、「パパ」とは呼ばせない。本当の息子か証拠がないとか、そんな問題じゃない。ズィスーが考える探検家像に「父親」が含まれていない、つまり、ズィスー的探検家は赤ちゃんのおしめを替えたり、あやしたり、あるいは、いっしょに遊んでやったり、子供の悩みを聞いてやったりしない。だから、エレノアと再婚したときも子供を作らなかった。


 ネッドはチーム・ズィスーに入ることを承知した。小さいころから憧れていた父親に誘われたんだから当然だろう。もうひとつ、ネッドは「チャンスに懸けたいんです」とも言っている。電話で会社(※2)の上司に断りを入れているシーンだ。
 ところが、このとき、ネッドの背後で廊下の電気が消えた。
 この先の彼の不幸を象徴している。


 ネッドの母親との生活も辛いことの方が多かったようだ。実際、ネッドはジェーンに「君は最高の未婚の母になると思う。親子で困難を乗り切っていかなきゃならないと思うけど」と言っている。
 ジェーンとの関係も、男女というより母と子の関係のように見えてくる。先のシーンは弟が生まれるのを楽しみにしているお兄ちゃんの姿のようだ。ジェーンが胎教として小説を朗読するのを聞くシーン(※3)もそう。
 海賊に襲撃された後、船を下りようとするジェーンには、「会いにいく」でもなく「電話する」でもなく、「手紙くれる?」とお願いする。ネッドには子供のような純真さがある。
 そして、宛先を書いた封筒50枚を渡す(笑)。


 ストーリーに戻ろう。
 資金難で探検旅行は出発できなくなりそうだったが、ネッドの遺産と融資会社の監視員を船に乗せることで出発可能に。
 しかし、その訓練中、ネッドが死にかける。
 不吉なものを感じたエレノアは探検旅行を中止するようズィスーに忠告するが、聞き入れられないので別れることにする(※4)。


 ズィスーが自分の姿として思い描いているのは、隊員たちの家長として力強く、何でも知っていて、勇気があり、行動力と決断力に溢れた人物だ。
 実際は傲慢で目立ちたがり屋で、気性が激しく、嫉妬深く、常軌を逸し、好色・・・って感じかな?(笑)
 ジェーンとのインタビューで自分の作品を攻撃されたら逆ギレでジェーンをけなすし(※5)、実習生を召使のようにこき使うし、ヘネシーの研究所から危機を強奪するし。


 この傲慢さが裏目に出て、チーム・ズィスーは海賊に襲われる。
 そして、融資会社から派遣されてたビルを誘拐され、代わりに3本足の犬コーディ(※6)が残される。
 コーディは不安定の象徴。そのコーディになつかれると同時に、ズィスーのカリスマが失われ、自身満々の態度がぐらぐらと揺るぎだす。


 で、その結果が以下の2つ。
 1つ目はエレノアに謝ること。
 ズィスーがエレノアに資金援助を頼みにいったとき、「私は謝るのが苦手だ。だから、謝罪はパスする。・・・だが謝る」と殊勝なところを見せている(※7)。


 2つ目はネッドを息子と認めること。
 その前に、ビルを発見できなかったことを非常に口惜しがっていて、さらに、階段から落ちて体力的な限界も感じたんだろう。ネッドを息子として認めなかったことを謝り、自分を「パパ・スティーヴ」と呼んでほしいといった。


 父から息子へのバトンタッチがおこなわれ、次はネッドが指揮を取り、ズィスーは引退して悠悠自適・・・なんて問屋が卸さない。ズィスーは探検仲間らとの擬似家族以外の家族は持てないということだ。それが、ズィスーかつて信じていた探検家像であり、ズィスーはそこから逃れることはできない。
 絶滅寸前のジャガーザメのように、探検家ズィスーは暴力的で、傲慢で、非常識で、目立ちたがり屋のイヤなヤツだ(笑)。
 しかし、そんな探検家ズィスーが美しいのだ。


 ただ、ズィスーもそんな自分の姿に気が付いた。
 チーム・ズィスーも変わった。
 ネッドは数日間しかいっしょではなかったが、彼が触媒となり変わっていった。
 過去の栄光が戻ってきた。でも、それはズィスー個人の栄光ではなく、次の世代につながる探検家の栄光だ。やがてはクラウスが、そして、クラウスの甥ヴェルナーへ、さらにはジェーンの息子へと引き継がれていくのだろう。


 最後はみんなでベラフォンテ号に乗る・・・のだが、ちょっと待て!!!
 ネッドが艦橋の上でパイプをふかしてるぞ!?
 もしかして、演出のためネッドが死んだように見せかけただけだったのか???
 だましたな、ズィスー!


 ・・・と思ったが、オーディオコメンタリではこのシーンを夢のシーン、あるいは、カーテンコールといっていた。ネッドが死んだのは、物語の中では確定らしい。


 生きててもよかったのに。


(※1) 劇中のベラフォンテ号の断面図、あれこそ図解! しかも、実物大セットで構築なんてスバラシ過ぎる! 船の下のほうではホントのイルカが泳いでる(笑)。よく作ったなぁ。


(※2) ネッドの勤め先「Air Kentucky」は70年代~80年代に実在した会社で、ミューター航空会社という「小型航空機で近距離の2つの地点を中心に結ぶ航空会社」(Wikipediaより)。ネッドは小さな航空会社の仕事では飽き足らなかったのだろう。


(※3) ジェーン朗読している小説はプルーストの『失われた時を求めて』。お腹の中にいるときからプルーストを聞かされる子供ってどうなんだろう?(笑) プルーストなのはウェス・アンダースンとノア・ボーンバッハの音声コメンタリでわかったんだけど、ふたりともプルーストが好きらしい。ただし、「1巻を読み終えるのに2年ほど必要」とウェス・アンダースン自身が言っている。


(※4) この別れ際のシーンで「キャンディ・ガニ」が出てくるが、これはなんだろね。小さいカニを連れた赤いカニはメスガニ、青いのはオスガニ? メスとオスがケンカして、子供とウデ(財産)を取って出ていくところかな? そばに落ちてるのはRC (ロイヤルクラウン)コーラの王冠(これ参考)。RCはダイエットコークなど時代を先取りした商品を出していたがコカ・コーラ、ペプシの陰に隠れシェアを伸ばせず、キャドバリー・シュウェップスに買収されたりしている。時代の先駆者でありながら資金繰りに苦しむズィスーとそっくり。やっぱり、青いカニはズィスーを象徴しているようだ(そういえば、ジェーンとのインタビューでズィスーの好きな色は青といっていた)。


(※5) このときのズィスーの後ろのシャチの動きがいい! 楽しそうに泳いでいるが、シャチといえば海のギャング、ジェーンをいたぶるズィスーとシンクロしているようだ。


(※6) コーディの本名はライカ。ここはどうしても3本足の犬でなければならなったらしく、そういった犬のオーディションもしたとのこと。その中でライカが選ばれたのは、走る姿がウェス・アンダースン監督の思い描く姿ともっとも近かったからだとか(オーディオコメンタリより)。


(※7) エレノアに謝る直前、ズィスーは手の甲を這っていたトカゲ(サラマンダー)を指で弾き飛ばしている。で、サラマンダーが何を意味するか調べてみると(こんなの参照)、「情欲の炎を打ち消し、信頼を永続させること」を象徴しているらしい。そのサラマンダーを弾き飛ばしてしまうのだから、ズィスーの誠実さも眉唾物(笑)。心理的に不安定で、弱気になって謝っただけかもね。しかし、うまいことエレノアには気づかれず、エレノアはお金とともにチーム・ズィスーに戻った。
 ちなみに、このときのエレノアの研究助手の名前が、なぜかハビエル。『40歳の童貞男』の庭師ハビエルを思い出してしまう(笑)。

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